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2021-09

小説一覧

 小説一覧


  ★お知らせ★p_star001_a001.gif(H29.7.16)



 alice.gif 長編/一話完結/連載中

 貴族の館でメイドとして働くアリスの望みは、堅実に生きる事。
 ある日、彼女の元を黒衣の魔女が訪ねてくる。
「あなたを我らの仲間として認めました――」
 現実主義でしたたかな少女アリスと、《黒》の魔術師たちの物語。



● 登場人物・用語説明 (※H25.2.11更新・第3話終了時設定)

第1話 この素晴らしき、世界
Ⅰ 《黒》の魔術師                 
Ⅱ 正しく楽しい謀                 
Ⅲ 紅の祭典                 
Ⅳ 私たちは仲間だから           

第2話 咎人たちの都
Ⅰ 冬の花嫁           
Ⅱ 朽ちなき華                       
Ⅲ 禍つ神の呪                      

第3話 魔術師の扉
Ⅰ 魔術師組合             
Ⅱ 己のあり方                      
Ⅲ 扉を開いて                   

第4話 この街で君を想う
Ⅰ ミーズの霧魔          
Ⅱ 素顔ひそめて                   
Ⅲ もうひとりの魔女                      
Ⅳ 愛の報い                

番外編1 イファナの日々          

第5話 世界を呼ぶもの
Ⅰ 星の知らせ                            10   
11
Ⅱ 異端の魔術師たち                         
Ⅲ 正体                      p_star001_a001.gif







star.gif 完結済p_star001_a001.gif


世界を創造した星女神の伝説が残る地アムリスタ。
アムリスタの里で孤独に生きる少女スフィアの元に、ひとりの少年が現われる。
ただ人並みの幸せを望む少年に、頑なだったスフィアの心は氷解していく。
しかしふたりの運命は、やがて過酷な試練を突きつける――


                           10   11  12  13(終)









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黒のアリス タイトル



 ★お知らせ★p_star001_a001.gif(H29.7.16)


 alice.gif 長編/一話完結/連載中

 貴族の館でメイドとして働くアリスの望みは、堅実に生きる事。
 ある日、彼女の元を黒衣の魔女が訪ねてくる。
「あなたを我らの仲間として認めました――」
 現実主義でしたたかな少女アリスと、《黒》の魔術師たちの物語。



● 登場人物・用語説明 (※H25.2.11更新・第3話終了時設定)p_star001_a001.gif

第1話 この素晴らしき、世界
Ⅰ 《黒》の魔術師                 
Ⅱ 正しく楽しい謀                 
Ⅲ 紅の祭典                 
Ⅳ 私たちは仲間だから           

第2話 咎人たちの都
Ⅰ 冬の花嫁           
Ⅱ 朽ちなき華                       
Ⅲ 禍つ神の呪                      

第3話 魔術師の扉
Ⅰ 魔術師組合             
Ⅱ 己のあり方                      
Ⅲ 扉を開いて                   

第4話 この街で君を想う
Ⅰ ミーズの霧魔          
Ⅱ 素顔ひそめて                   
Ⅲ もうひとりの魔女                   7   
Ⅳ 愛の報い                

番外編1 イファナの日々          

第5話 世界を呼ぶもの
Ⅰ 星の知らせ                            10   
11
Ⅱ 異端の魔術師たち                         
Ⅲ 正体                      p_star001_a001.gif





黒のアリス 第5話 世界を呼ぶ者 Ⅲ正体8


 正体8



 「クラウス……」
 ユリエルがうめきながら起き上がる。
 その抑えた口元からぽたぽたと血が滴った。
「てめえ! 何してくれて――」
 らしからぬ口調で激昂するユリエルに、クラウスは無言のまま鳩尾の辺りへ蹴りを見舞った。

 再び悶絶するユリエルに構わず、クラウスは部屋の端で抱き合うように縮み上がっている、女主人とその侍女へと視線を向ける。
 ひっと悲鳴を上げる女たちに、クラウスは淡々と言う。
「ご心配なく。これは鍛錬のための手合わせです。壊れた物の弁償はファインルーダ公爵に回してください」

 そしてユリエルに向き直った瞬間、今度はクラウスが足を取られ、床の上に倒される。
 馬乗りになったユリエルがこめかみを引くつかせながら、剣呑に笑う。
「へえー、そりゃあいい考えだ。そういうことなら思う存分やれるなあ?」
 間髪入れず拳が頬に三発ほど入ったところで、クラウスは力ずくでユリエルを引き剥がす。
 しかし半身を起こしかけたところで、ユリエルの回し蹴りを喰らい、勢いのまま台の上の花瓶へと突っ込む。
 クラウスは肩で息をするユリエルを睨みながら、陶器で切った額を拭うことなく、血まみれでゆらりと立ち上がる。
 その姿は悪鬼そのものだった。



「何でてめえに殴られなきゃいけねえんだよ!?」
 普段の飄々とした言動からはほど遠い、荒い口調でユリエルが怒鳴る。
「やかましい! 一度頭をかち割って、その腐った脳みそを洗い流してこい!!」
 クラウスはクラウスで、普段の冷静さを欠いている。
 互いの拳を防ぎながら、両手で組み合い硬直状態になり、その間にも罵り合う。

「しゃしゃり出てくるんじゃねえよ、根暗野郎! てめえはアバズレにしゃぶられた後のジジイみてえに悟りきった面して、世捨て人でも気取ってりゃいいんだよ!!」
「私怨に他人を巻き込む貴様に、文句を言われる筋合いはない! 大の男が見苦しく拗ねて恥ずかしいとは思わんのか、気色悪い! いい加減にしろ、ガキが!!」
「事情も解からないくせに口出すんじゃねえよ!お得意の正義漢気取りのつもりか!? 《赤》でご変態の汚名まで着せらたのにまだ懲りねえのかよ!」

 その言葉にクラウスの顔色が変わった。
 ユリエルは相手の弱点を突いたことを悟り、嘲笑するように言う。
「妹弟子をかばっただ!? どうせその股のゆるい女に、いいように利用されたに決まっ――」
 その台詞は最後まで言うことができなかった。
 


 頭突きを真正面から受けて、よろめきながら鼻を抑えたユリエルが、赤く染まった手のひらを見て舌打ちする。
 クラウスは無言のまま、倒れてバラバラになった鎧兜の間から、装飾用の剣の拾うと槍のように投擲した。
 ユリエルの足元に突き立てられた細身の剣がしなって揺れる。

「――抜け」
 クラウスの手が、腰に据えられた剣の柄に触れていた。
 その表情は一転冷静そうだが、その下には今までとは比べ物にならない、ほとんど殺気といっていい怒気に溢れていることは、誰の目にも明らかだった。
 ユリエルも獣の様な眼光でクラウスを見据えながら、床に刺さった剣を引き抜く。



「そこまでだ! もうやめろ!!」
《黒》の魔術師たちの乱闘に、呆気に取られていたアレジオがついに声を上げる。
 剣の腕も一流である二人がやり合えば、どちらかが、あるいはどちらも命を落とす可能性がある。
 しかし完全に頭に血が上っている二人には、《青》の支部長の言葉は耳に入ってなかった。
 二人は剣を構えて、じりと足を滑らせ間合いを詰め――。
 そして、水しぶきと頭上から舞い散る花びらに、我に返る。
 
 見やれば、大きな花瓶を逆さにして抱えるアリスが仁王立していた。
 その足元には、花瓶に生けてあった薔薇の花びらが散らばり、水溜りができていた。
 アリスがこの騒ぎを止めるために水をぶちまけたことは、クラウスもユリエルもすぐ理解できた。
 しかし少女が抱えるには花瓶は重すぎたらしく、水はほとんど手前にいたアレジオの背中と、アリス本人の足元を濡らしただけだった。
 緊張感から一転、なんとも間の抜けた光景だったが、少なくとも仲間同士の決闘になる悲劇を止めることには成功した。
 
 花瓶を抱えたまま、ぐすぐすと鼻を鳴らししゃくり上げている少女を前に、男たちの間で気まずい沈黙が流れる。
 やがてユリエルが肩をすくめて、剣を放り投げた。
「……なーんか、興冷め」
 そのまま硬直する姉たちの傍らをすり抜け、部屋を出て行く。



 やがてアレジオがもそもそと濡れたマントを脱ぎ椅子にかけると、エメリナを自室へ連れて行くように侍女に伝え、散らかった調度品を手ずから拾い始めた。
 アレジオが拾う陶器の欠片が鳴らす音を聞きながら、クラウスもここでようやく我に返った。
 
 剣を収め、静かに泣き続けている少女の手からそっと花瓶を取る。
 クラウスはおそるおそるアリスに言う。
「その……何というか、すまなかった」
 その言葉を皮切りに、アリスが声を上げて泣き始める。

「……あ」
 小さな声と共に、アレジオの手から飾り皿がすべり落ちて割れた。





 ************




 翌日、ガイとイファナを除く《黒》の魔術師たちが侯爵家の別邸へと戻ってきた。
 支部長ウィルバードは客間のソファに座り、至る所に包帯を巻き、顔中に痣と腫れを作った二人の部下から、この部屋であった事のあらましを聞く。
 こめかみに青筋を立てながらも、最後まで黙って聞き終えたウィルバードは、腹の底からこみ上げてくるものを、紅茶と共に嚥下する。
 カップを持つ手は、わなわなと震えていた。
 
 やがて不自然なほど朗らかな笑みで言う。
「話はよくわかった。――三ヶ月の謹慎か減給、好きな方を選ばせてやろう」
「じゃあ僕、減給で」
「謹慎」
 ユリエルとクラウスが悪びれもなく答えたところで、辛うじて保たれていたウィルバードの忍耐も焼き切れた。
 いきなり両の腕を大きく振り上げてテーブルを叩き、立ち上がる。

「俺は待機と休養を命じたんだ! それが決闘騒ぎ!? しかも《青》の支部長の目の前で!? 馬鹿か貴様らは!!」
「何だよ、結局お説教なの?」
 うんざりした表情でつぶやくユリエルの胸倉を、ウィルバードはテーブルを乗り越えんばかりの勢いで掴むと、がくがくと揺さぶりながら怒鳴る。
「誰が言わせてると思ってる!!」

「まあまあ、ウィル」
 傍らに控えていたリリーがウィルバードを諌めるように、その肩を叩く。
「馬鹿二人は置いておいて。……そういえば、アリスちゃんはどこにいるの?」
 さりげなくふたりを扱き下ろし、リリーが問う。

「……あの日の夜から微熱を出して、大事をとって安静にしている」
「きっとミスルトでの疲れが出ちゃったんだねえ」
 クラウスが気まずそうに答え、ユリエルがへろりと追従する。
「どう考えても貴様らの所業が原因の心労だ! 馬鹿者!」

 扉の近くで、そのやり取りを見ていたロビンが呆れてつぶやく。
「そりゃあ、そんな血なまぐさいもの見せられたらねえ、オリディアさん――」
 隣にいたオリディアの表情を伺ったロビンは、顔を強張らせて口を噤んだ。
 大人の階段を上がりかけてい彼は、敏くその後の展開を予想し、誰にも気づかれぬままそっと部屋を去た。



 やがて小一時間ほどかけてウィルバードは一通りの説教を追えると、クラウスがさっさと部屋を出て行こうとする。
「……おい。謹慎はもう始まってるぞクラウス」
「わかっている。屋敷からは出ない」
 ウィルバードは愛想もなく出て行くクラウスの背を睨みながら、ユリエルにも退出していいと言わんばかりに、手を振る。

「……ウィルバード。その前にいいですか?」
「なんだ、オリディア?」
 ずっと黙って話を聞いていたオリディアが、つかつかとウィルバードの目の前にやってくると、抑揚のない声で言う。
「――謹慎、一ヶ月の方で」

 次の瞬間、オリディアのドレスの裾が翻り、空を切り裂くような回し蹴りが繰り出された。
 吹っ飛ばされたユリエルが、部屋の隅に新たに置かれていた大きな飾り皿を巻き添えに、床に叩きつけられる。
「じゃあ私も。減給一ヶ月で」
 今度はリリーが、割れた陶器の欠片の中で伏せたままうめくユリエルの背中を踏みつける。
「いや、そういう話じゃ……」
 さりげなく罰則の期間を減らして、無言で暴力を振るい続ける魔女たちの耳に、ウィルバードの言葉は届いていなかった。     









              




黒のアリス 第5話 世界を呼ぶ者 Ⅲ正体7


 正体7





 アリスがウル、クラウスと共に、支部長らが待機するチェリエの街にたどり着いたのは、夕日が沈みきる直前のことだった。
 アリスの記憶は、ウルと共にミスルトの山麓までたどり着いた辺りから、チェリエの城壁門の前でクラウスに背負われていたところまでが、ぽっかりと抜けている。

 ウルの話では、ミスルト山を取り巻く魔力に当てられ気を失ったらしい。
 そして下山してきたクラウスに偶然に会い、運ばれてきたそうだ。
 アリスは無駄足だった挙句、役に立たないどころか、疲弊しているはずのクラウスのお荷物になったことに、気落ちしたが、不思議とクラウスからは嫌味のひとつすらなかった。
 


 城壁前の戦闘で負傷したロビンとリリーには、すぐに再会できた。
 アリスとウルをミスルト山へ送り出すために、囮となったふたりは、やはり危険な状況だったらしい。
 ロビンは大きな怪我こそないものの、あちこちに打撲と裂傷を負い、リリーは激しく魔力を消費したせいで、深く眠っていた。

 街に到着後、さらに二時間ほど遅れて現れたのは、魔力の影響が薄くなった山へと入った《青》の魔術師たちの手で、救助されたオリディアだ。
 弟子であるアリスの手前か、いつもと変わらず気丈にふるまっているように見えたが、やはり怪我の具合はひどかったらしく、回復魔術により体力の消耗もあって、しばらくは安静が必要だった。
 
 最後に連絡が来たのはガイだった。
 とはいえ彼の姿はなく、街にたどり着いたのは伝言を携えた使い魔だけだ。
 驚くことに、無断でミスルト山に入ったイファナは《紫》のミハルを発見し、無事に師匠であるガイと合流したらしい。
 ガイの手紙を直接読んだウィルバードによれば、ガイとイファナは体力を消耗しているものの大きな怪我はなく、ミハルも意識はないが命は助かるだろうということだ。
 
 アリスはイファナたちが下山するまで、街で待機したいと願ったが、なぜかウィルバードが難しい顔で、先にクラウスとパトロス侯爵の別邸に向かうように言われてしまった。
 結局ただひとり役立たずだったアリスは、それ以上わがままも言えず、一晩街の庁舎に泊まったあと、早朝に侯爵邸へと発った。





 別邸には侯爵家の人間であるユリエルがすでにいた。
 ウィルバードに代わり、領地を治める侯爵――ユリエルの姉、エメリナへの報告のため、もうひとりの責任者である《青》の支部長アレジオも一緒だった。

 意外なことに、ユリエルは誰よりも早く任務続行が不能な怪我を負ったと聞いた。
 ユリエルは、後から合流した《青》の魔術師たちに保護されたらしい。
 後ろ足で砂をかける形で《青》から離脱したユリエルが、古巣の人間に恥をさらすはめになったということだ。
 クラウスは自業自得だと吐き捨てた。
 さぞかし、やさぐれているであろう《黒》きっての問題児の姿を思い浮かべて、アリスは憂鬱だった。



 しかし、アリスたちを出迎えたのは、客間のソファで足を組み朗らかな笑顔を浮かべるユリエルと、その傍らで固い表情を浮かべて立っているアレジオだった。
「いやあ、みんな無事でなによりだ」
「……ユリエルさんもお元気そうで。――お久しぶりです、アレジオさん」
 なぜか上機嫌なユリエルは一先ず置いて、アリスは《青》の支部長であり、数ヶ月前本部で世話になったアレジオに向かって頭を下げた。
「あ、ああ……」

 なぜかアレジオは強張った表情で、アリスから視線をそらせた。
 アリスは以前イファナが、アレジオは下級魔術師とは滅多に言葉を交わさないと言っていたことを思い出した。
 気安い態度に機嫌を損ねただろうか、不安を覚える。
 しかしよくよく観察すれば、アレジオは表情が固いどころか、まるで病人のように青ざめていた。
 喜色満面なユリエルと比べると、これではどちらが怪我人だったのかわからない。



「ユリエル……」
 ふいに背後から、か細い女の声が聞こえた。
 振り返れば、上等な絹の室内着にショールを羽織った女が立っていた。
 緩やかな巻き毛にほっそりとした顔立ち、泣き出しそうに眦の下がった緑の瞳。
 一瞬同世代くらいの少女かと見間違うほど、頼りない肢体と幼顔だが、どうも成人らしい。
 さらに内面の違いのせいか、すぐには気づかなかったが、女の目元はユリエルとそっくりだった。

「……ユリエルの姉君にあたるパトロス侯爵だ。ご挨拶を」
 クラウスに言われ、はっと姿勢を正し進み出る。
 元使用人の性か、貴婦人の前では居ない者のように振舞う習性が染付いていたが、今のアリスは正式な客人だ。
 腰を折り頭を垂れる。
「お初にお目にかかります。わたしくは《黒》の魔術師一員でアリス・レイと申します」

 その瞬間、女侯爵はなぜか怯えたように一歩後ろへ退いた。
 胸元で組まれた手に血の気はなく、小刻みに震えている。
 喘ぐように呼吸する枝のように細い体を、後ろに控えていた年配の侍女が摩る。
 アリスは助けを求めるように、後ろの男たちを見やるが、相変わらずユリエルはにこやかに微笑むだけで、クラウスも事情がわからないらしく、困惑した顔で小さく首を振った。



 気まずい沈黙を破ったのはアレジオだった。
「……アリス・レイ、君に聞きたいことがある」
「な、なんでしょうか?」
《青》の支部長の固い顔に、何か詰問されるようなことをしでかしたかと、アリスも青くなり、記憶を辿るが心当たりはない。
 
 アレジオが切り出した問いは、まったくアリスの想定していないものだった。
「君の……その経歴だが、孤児院出身というのは本当だろうか?」
「え? ええ、そうですけど」
「年齢は今十三歳……」
「はい」
 
 アリスはアレジオのいくつかの問いに、意図がわからないまま答えていく。
 タトペジカ領の孤児院にいたこと。
 その前は王都の下町で、似たような境遇の子供たちに混ざって、橋の下や地下水路で暮らしていたこと。
 最後の記憶は五、六歳程度で、その前の記憶が名前以外何も覚えてないこと。



 そうアレジオに告げると、彼はますます悲痛な表情を浮かべた。
 そして、ぼそぼそと言葉を紡ぎ始める。
「……私とパトロス侯爵の間には、かつて娘がいた」

 アリスは突然の告白に驚愕したが、ある話を思い出した。
 ウィルバードの従者ルキオから、エメリナが子供を身ごもり、秘密裏に結婚していた事実を聞いていたからだ。
 父親については言葉を濁されたが、身分はないがとても強い後ろ盾がある人物だと言っていた。
 強い後ろ盾というのが、つまり魔術師組合であるなら得心がいく。
 これでユリエルとアレジオの関係がこじれた理由も筋が通る。
 元義理の兄弟であるふたりの確執は、エメリナとの離縁や、亡くなった子供に関連があるのだろう。
 


 アリスはこの時、まだ他人事として考えていた。
 しかしアレジオが発した次の言葉に、誰が渦中にいるのかを知ることになる。
「娘は生きてれば十三歳になる。名前はアリス。アリス・ジュレリス・クレメンツという」
「アリス?」
 渇いた口の中で自分と同じ名前をつぶやく。

「……その、」 
アリスは思わず半笑いで問う。
「お子様は亡くなったんですよね?」 
 表情が質問の内容にそぐわないが、アリスはどんな顔をすればいいかわからなかった。
 そして誰も咎めなかった。
 その場の誰もが、アレジオの言わんとすることを察していたからだ。



「六歳の誕生日を迎える直前に、崖の上から湖への転落したんだ。私は持てる力全てを持って、あの子を探した。でも見つからなかった。私も魔術師だ。生きてさえいれば、いくらでも見つける手立てはあった。だから死んだと思っていた――」
 アレジオが初めてアリスをまっすぐに見る。
「……君の話を聞くまでは」
 その弱々しい、断罪を待つ罪人のような眼差しに、アリスは逃げ出したくなった。
 どうにか言葉を探す。

「待って……ちょっと待って下さい。歳と名前が合ってるから? アリスなんてよくある名前です。年齢が十三歳で孤児って条件を加えたとしても、このアストリアだけでも十人や二十人くらい……ううん、もっといるかも!」
 『アリス』という名前は、古くは高貴な女性に好んでつけられていたものだ。
 今ではそれにあやかり平民にもよく名付けられる、ごく一般的な名だ。
 どんな鄙びた村でも、必ず一人二人はいるだろうという程に。
 身寄りのない孤児にしても、このご時勢珍しいものではない。

「それに!」
 アリスは、侍女に抱きつくように顔を伏せているエメリナをちらと見やってから、代わりに顔立ちがよく似た弟のユリエルを指差す。
「血を引いているなら、私はもっと美人になっているはずでしょう!?」

 アレジオをため息をつくと、さらに言う。
「……身体的な特徴を言うならもうひとつ、ユリエルの話では、いなくなったあの子には肩から背中にかけて、線で繋ぐと五紡の星になる配置に黒子があったそうだ。……そして、君にも」
「そ、そんなこと言われても、自分の背中なんてまじまじと鏡で見ない――」
 ふとアリスは、クラウスが何ともいえない渋い表情で自分を見ていることに気づき、頬を紅潮させる。


「あ、ありえません!」
 そして一息ついて、ユリエルを見やる。
「いいですか! そもそも、ユリエルさんがいつ背中の黒子なんて見る機会があるんですか
?」
「……アリスはこの別邸で育てられていた。私は普段レーンバースの支部にいたから、一緒には暮らしていなかった。むしろユリエルの方がよほどアリスの面倒を――」
「だからそっちじゃなくて、私の!」
 アレジオはいぶかしげに首を傾げたあと、つぶやく。
「だからドレスを着た時など……」
「さっきから散々、私が十三歳って話をしてたじゃないですか!」

 アストリアでは普通、成人前の少女は極力肌を見せないのが嗜みだ。
 貴族女性なら十五、六歳で、正式に夜会に参加できる年齢になり、初めて胸元や背中が露になったドレスを着る事になる。
 要は結婚相手を得るため、一人前の女性としての魅力を披露する資格を得たということだ。
 平民の娘たちでも、やはり年頃になれば祭りの衣装など、華やかな場では襟ぐりの開いた服を着用する。
 まだ子供であるアリスには、むろん着る機会のないものだ。
 当然、他人に肌を見せるような無作法をした覚えもない。



 ふと落ちた沈黙の中、場違いにも間の抜けた「ぷすっ」と空気が漏れるような音が響いた。
 音の発生元を見やれば、ユリエルが腹を抱えて蹲っている。
 肩は痙攣し、息も絶え絶えな様子だった。
「ユリエルさん……?」
 アリスが恐るおそる手を伸ばしかけた瞬間――堰が崩壊したようにユリエルが笑い出した。
「はっ、あははははははは!!」
 苦しげに座っていたソファの肘掛を叩きながら、ひいひいと笑い転げる様を、誰もが茫然と見ていた。
 
 やがて我に返ったアリスが顔を赤くして怒鳴る。
「何がおかしいんですか!?」
「おかしいよ! だってさあ、馬鹿なんだもんそいつ!」
 笑ってはいたが、その瞳は冷たく、アリスは思わずぞっとする。

「笑っちゃうほど世間知らずだよねえ。子供の頃から魔術漬けで生きてきた男だから、女の子のドレスの意味なんて、知らなくて当然だけどさあ。にしても、少しでも疑う頭があれば引っかからないよね。だから、あんたは間抜けなんだよアレジオ」
 アレジオはその言葉に、凍りついたように棒立ちになっている。
 しかし状況を理解したアリスは、怒りに震えながらユリエルをにらむ。

「全部嘘だったんですか!? よくもそんな悪趣味な……!」
「ごめんねえー、君までちょっぴり信じちゃった? さすがにアリスちゃんが来るまで、引っ張るつもりはなかったんだけど、案外この人たちの反応が面白くってさあ」
「坊ちゃまあああ!!」

 ユリエルのあまりにもふざけた言葉に、侍女の金切り声が上がり、エメリナがへなへなとその場に崩れ落ちる。
 うるさげに耳に指をつめながら、ユリエルはアリスを見つめて薄く笑う。
 その嫌な笑いに、アリスは思わず硬直する。



「……でもさあ、アリスちゃんの話もおかしくない?」
「どういう意味ですか?」
 突然話の矛先が変わり、アリスは緊張する。
「だって記憶喪失だろ? それ自体はおかしくないよ。別に君が嘘をつく理由はないし、そういうこともあるだろうね。でもどうして、君のアリスという名前が本物だって――生まれたときにもらった唯一の名前だって、言い切れるの? 親の記憶もないのに」

「それは……だって、物心がついたときには、周りの人たちが――」
「周りの人って、下町で暮らしてた頃の話? じゃあ便宜上適当に呼んでただけかもしれないね。君が勝手に名乗ったのかもしれない。最初に君の名を読んだのは誰? 覚えてないだろ? 赤ん坊の頃からその名前を使っていた確証もないのに、どうして名前に固執してるの?」
 ユリエルは立ち上がると、アリスの目の前に立ってその頭の上に手を載せる。
 刃物を突き付けられたように、アリスは動けなかった。

「本当はさあ、気づいたんじゃないの。君は賢い子だもん」
 ユリエルはアリスの頭を優しく撫でながら、顔を覗き込む。
 いつもの軽口などとは違う。
 その瞳の奥にある本物の悪意に、ぞわりと総毛立つ。

「親の顔も生まれた土地もわからない。名前すらないんじゃ、君を証明するものはなーんにもない。君が仮に死んじゃっても、世間の誰も気にしない、何も変わらない」
 彼が言わんとしている意味を悟り、胸がぎゅっと締め付けられた。
 アリスは歯を食いしばりながら、涙の盛り上がる瞳でユリエルを睨み返す。

「せめて名前を拠り所にしないと、生きてけなかったんだよね?」
 ついに溢れた涙が頬を伝う。
 ただ返す言葉がないのが、悔しかった。



 それまで棒立ちになっていたアレジオが、突然ユリエルの胸倉を掴み、自身の方へ振り向かせる。
 襟を掴む拳は震え、見開かれた瞳は言葉にならない怒りを代弁していた。
 ユリエルは動じた様子もなく言う。
「殴りたければ殴れば? でもいいのかなあ? 仮にも《青》の支部長が、他の支部の魔術師に私事で暴力なんて」

 わずかに己を拘束する力が緩んだことで、ユリエルは眉を跳ね上げ、小ばかにしたように笑う。
「できないよな! あんたは何よりも、地位と名誉が大事なんだから」
「ユリエル!!」
 ついに激昂したアレジオが拳を振り上げる。
 その腕を掴む者がいた。



「……いけません、レヴィル支部長」
 アレジオが血走った目で、己を止めた男を見る。
 ずっと黙って、事の成り行きを見ていたクラウスだった。
 やがてアレジオは痛みを堪えるようにうつむき、ゆっくりとユリエルの胸元から手を離した。
「失礼いたしました」

 アレジオから手を離すクラウスをつまらなそうに見ながら、ユリエルは大きく息をつく。
「まったく……お節介だなあ、クラウ――っ」
 その瞬間、ユリエルが大きく吹き飛んだ。
 テーブルの上の茶器を巻き込んで、床の上に落ちる。

 唖然とするアリスの前で、クラウスは自分が殴りつけた相手を、凍てつくような眼差しで見下ろしていた。









                     




黒のアリス 第5話 世界を呼ぶ者 Ⅲ正体6


 正体6


 

  師匠の言いつけに背いて支部を飛び出し、獣を使役して単身でミスルト山の麓までやって来た。
 途中で何度か遭遇した、見たこともないほど醜悪な姿の魔獣たちが、なぜか襲ってこなかったのは幸運だった。 
 それでも崖や滝に道を何度も阻まれ、岩や枝に体を幾度も切り裂かれ、体力は限界だった。



 そしてイファナは、ついに終着点にたどり着く。
 そこは美しい世界だった。
 鋭利な岩肌の割れ目からは、雪の結晶に似た輝きを放つ、大小さまざまな水晶のようなものがところどころから突き出している。
 本来なら高地の苛酷な環境でつつましくの生きる、植物の成れの果てだ。
 この場は今までのどこよりも高い濃度の魔力に満ちていて、それは青白いもやとして可視できるほどだ。

 自分がこの異界の影響下でも自我を保てるほど、魔力への高い耐性があることは何となくわかってきた。
 それでも、おそらく長い時間の活動は無理だ。
 もう少し、あともう少し持てばいい。
 いままでにないほどの魔力の濃度は、目的がもう近いことを告げていた。

 イファナは神経を研ぎ澄まし、最も魔力が濃い場所を探る。
 ゆっくりと視線を周囲にめぐらせると、一際もやが濃く立ち上る場所があった。
 近づいてみると、岩の割れ目に大きな空洞が開いているのがわかった。
 嫌な予感に穴を覗き込んで、イファナは心臓をつかまれるような感覚を覚える。



 そこにいたのはひとりの少年だった。
 上半身は裸で、岩の上に敷かれた紫色のマントに横たわっている。
 少年の顔は蝋人形のように青ざめ、その瞼は固く閉ざされている。
 それはイファナがずっと捜し求めていた人物。
 かつて同門下の弟子で、親友であったミハルだった。

 ようやく彼にたどり着いた喜びが、すぐに不安と恐怖にとって変われる。
 指先で少年の二の腕を触れて揺すってみるが、まるで反応はない。
 氷のような体温に、イファナは鳴きそうになる。
 最悪の想像が頭をよぎり、恐るおそる彼の胸へ顔を近づける。
 聞き逃してしまいそうなほど弱々しいが、ゆっくりと定期的に打つ音を捉え、イファナはその場に崩れ落ちそうになる。
 ――生きてる!
 
 イファナはミハルの胸の上をきっと睨む。
 ミハルの肌の上には手の平大の魔法陣があった。
 魔法文字も文様もイファナの知らぬものであったが、それが何を意味するかは一目瞭然だった。
 魔法陣の中心で、禍々しいほど鮮やかな七色の光が渦巻いている。
 そこからあふれ出すのは青いもや――つまり異界の魔力であり、これこそが異世界と常世を結ぶ扉だった。
 
 そもそも《紫》は、異界とこの世界を結ぶ術に優れた才能を持つ魔術師の集まりだ。
 その中でも、突出した才能を持つミハル。
 彼を無理やり魔術に組み込み、その意思に関係なく強制的な力で異界の扉を開いているのだ。
 


 イファナの瞳が潤む。
 高慢で皮肉屋だけど、一度懐に入れた人間に対しては面倒見が良く、放っておけない世話焼きな少年。
 矜持が高い分、己にも厳しく努力家で。
 でも、ほんの少しだけ寂しがり屋な。
 そして故郷の人間以外で、初めてイファナに手を差し伸べてくれた人。
 イファナは知っている。
 ミハルの強さも、弱さも。
 その人間味溢れた人柄も。
 
 そのミハルをこんな――こんな道具のように!
 ミハルの意思を無視し尊厳を踏みにじる、あまりに外道じみたやり方に、イファナは今まで感じたことのない怒りに捕らわれていた。

 激しい感情に任せて、イファナが魔法陣に触れようと手を伸ばすと、破裂音と小さな火花が上がる。
 焼きつくような痛みに手を引くと、指先からぽたぽたと血が滴り落ちた。
 ミハルに刻まれた魔術が、邪魔立てする者を拒もうとしている。
 見たこともない魔法陣はおそらく組合の魔術ではない。
 正当な解除方法がわからないのであれば、無理やり壊すしかないが、この高度で複雑な魔術を打ち消すには、より力のある物が必要だ。

 それならば――。
 イファナは覚悟を決めて、勢いよく魔法陣に手を伸ばした。
 耳を劈くような破裂音が鳴り響き、イファナの肌を切り裂いていく。
 それでもイファナは手を止めなかった。
 強い力に押し返されそうになりながら、イファナはようやくミハルの肌に触れる。
 真紅に濡れる手の平で、魔法陣を塗りつぶす。
 肌がびりびりと痛むほど、辺りの空気が震えるのを感じた。
 次の瞬間、ばちんと、弦の音が切れるような音が響いた。
 


 ぐらりとイファナの体が傾ぎ、思わずミハルの上に倒れこみそうになる。
 ずっと体に圧し掛かっていた重りが外れたように、体が軽くなっていることがわかった。
 魔力の濃度が薄れ、異界との扉が閉ざされたことがわかった。
 ミハルをまじまじと見れれば、イファナの血で赤く塗りこめられた胸元がわずかに上下している。
 頬にもほんのりと赤みがさしている。
 イファナは一瞬ほっとするが、扉は閉ざされても異界の残滓がまだ濃く残っていることに気づく。
 皮肉なことに術式に組み込まれることで、ミハル自身は異界の影響を受けていなかったが、術が解除された今彼を守るものはない。
 ミハルをこの空気に晒すわけにいかない。



 どうすればいいかは本能が知っていた。
 すうっと息を深く飲み、吐き出すと同時に背中に力を込める。
 むずがゆい感覚の後、背中の上部が痛みと共に熱く爆ぜて『翼』が伸びるのがわかった。
 完全に広げ切ると、それは自身の体をすっぽり覆い隠すほどの大きさがあることがわかった。
 ――これなら大丈夫。
 イファナはミハルのいる空洞の前で身を屈めて、翼で己の体ごとその入り口を覆う。
 
 ずっと自分の不気味な体が嫌いだった。
 でも、すべてはこの時のためだったと思えば、もう他人と違うことは怖くなかった。
 ――大丈夫だよ、今度は私が守るから。
 今のイファナには人間の言葉を発する器官はなかったので、それは声にはならなかった。
 だがその想いは伝わったように、未だ眠り続ける少年の表情がかすかに和らいだ。










 イファナの師であるガイが、火口丘の頂上にたどり着いたのは、異界の影響が薄らいでから、しばししてからのことだった。
 幾度となく魔獣と遭遇した彼も、他の仲間同様体中は傷だらけで、右足を引きずり、肩を脱臼したせいで左腕はだらりと力なく下がっていた。
 それでもガイがここまで来たのは、他の誰よりもたどり着かねばならない理由があったからだ。
 そして目的の地で、ガイはまったく想像もしていなかった光景に出くわし茫然としていた。



 それは一頭の『龍』だった。
 
 まだ幼体のせいか、龍としてはかなり小柄な民家ほどの体長。
 全体が黒い鱗に覆われていて、呼吸する動きに合わせ雲母のような光沢がはじける。
 その背から生えた翼は体と同色だが、こちらは鳥のような羽根に覆われている。
 
 龍はガイの存在に気づいたのか、傘のように広げた翼をゆっくりと閉じる。
 背中に沿う様に小さく翼を畳み、龍は頭をもたげる。
 真っ青な宝玉のような瞳が、何かを訴えるようにガイを見ていた。



 足を引きずりながらガイが龍の元へ歩み寄ると、その足元に小さな空洞があった。
 中を覗き込むと、紫のマントの上で少年が眠っていた。
 その胸元が真っ赤に染まっていたため、一瞬最悪の想像が頭をよぎるが、それが少年の流したものでないことはすぐにわかった。
 龍の右前足の先は、爪が砕け美しい鱗が無残に剥がれてた。
 痛々しく血に濡れた傷口から赤い肉が覗いている。

「そうか……聖獣の血で邪法を打ち消したのか。……痛かっただろう?」
 龍は怯える様に巨体を縮こまらせていたが、やがて恐るおそるガイの元へ顔を寄せる。
「これくらいすぐ治るからな。……心配するな、その《紫》のガキは必ず助かる。お前の姿もちゃんと元に戻してやる。お師匠様を信じろ」
 ガイは笑いながら腕を伸ばして、龍の頬へと触れる。
「よくやった。お前はいい女だよ、イファナ」
 青い目が水面のように揺らぐ。


 龍の姿になったイファナは、答えの代わりに喉の奥でささ鳴き、甘えるようにガイの手に頬を摺り寄せた。










              




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